27回目の放流式の挨拶

 第27回  釧路シャケの会放流式に当たって。

            
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本日、第27回目の放流式を挙行できることは大変に喜ばしいことであります。
これも困難の多い飼育に参加していただいた”里親”の皆様、ならびに各方面のご指導・ご支持に寄るものと心より感謝いたします。

鮭の稚魚を家庭で飼育することは、おそらく全国的にも釧路だけであろうと思います。
水田の無い道東において自分の命と自然がつながっていることを理解するのは観念的になり易いと思います。自然環境のかけがえの無さが国際的に訴えられていますが、実感を伴う理解が要求される課題でしょう。私たちが27年間取り組んでいる稚魚の里親運動はまさにこのことをテーマにしています。
冬の間手塩にかけて育てた稚魚を自分の手で自然に帰すとき、言われなくともこの川を汚すことはしなくなります。故郷のムードが心に染み込んでいくのです。山のこと、森のこと、海のことと自分が繋がっている事をいつの間にか判断できるようになります。

 3月11日にわが国を襲った東日本大震災は私たちの郷土釧路にもその爪あとを残しました。
普段はやさしい釧路川が荒れ狂ったのです。気のついたことを報告しますと、津波の色です。
森は海の恋人、を標語にして海づくりのために森作りをしていたのが、気仙沼の漁業者です。
沿岸漁業が盛んで牡蠣の養殖が有名なところです。テレビで見る限りにおいてはここの津波の色は水色でした。
その隣町の宮古は近海漁業を主たる漁業にしていると聞いています。ここの津波は真っ黒に見えました。
釧路川もここムーが津波によって浸水されました。その水はヘドロを含んでやはり真っ黒いものでした。母なる釧路川は堆積していたヘドロが分解されないままになっていたのです。浸水されたムーの清掃に当たった人の話では、洗っても、洗っても中々臭いが取れなくて清掃作業中臭かったそうです。
有機物であるヘドロは酸素に触れることによって分解され健康なドロになります。有明海の干潟は健康な泥で出来ています。健康なドロはムツゴロウをはじめ、多くの生き物を育てることが出来るのです。
釧路川も流れを取り戻せば有明の干潟と同じように生き物を育てるドロを持った川環境を提供できると思われます。

釧路川の岩保木水門の下流部はドロが堆積し、水草が異常に繁茂しています。既に川ではなく湿地になっており、カヌーでも溯れなくなっています。一方、新釧路川のほうは直線化されていますから、豊富な水量は滔々と流れています。しかし、直線化された川は魚などの水中生物にとっては苛酷な環境になっています。直線化された川は生物には優しくない、ということで湿原の中の直線化された川は去年、元々の蛇行河川に戻されました。
岸辺に目を向けると、釧路川の岸辺には柳をはじめ、草花が水際まで生い茂っています。水門近くの岸辺にはアヤメの群生が見られます。
新釧路川のほうはびっくりするほど植物が貧弱でした。柳でさえやせ細っています。放水路としての新釧路川が竣工してから80年の歳月が流れています。とっくに回復していていい歳月です。
直線化された河川は岸辺の植物にとってもやさしくないように見えました。
釧路川は市内にありながら蛇行した河川を残しています。命に優しい性質を持っているといえるでしょう。この条件を見捨ててはいけないのではないでしょうか。

今回の大災害を経験して私たちは自然の理解をやり直さなければならないように思います。
食物連鎖の頂点に立つといわれている熊も死体になったときにはそのなきがらを多くの生き物に提供します。食物連鎖はピラミッド型に説明されますが、やはり循環型の連鎖としてとらえる方が食物連鎖の仕組みをよく現していると思います。
ピラミッド型ではなく循環型のエネルギー交換の仕組みを外れると取り返しがつかないことになる、ということを今回の災難が知らせているのではないでしょうか。

自然と人間の共生は21世紀には答えを出さなければならない課題です。釧路川を中心としたこの街はこの課題に取り組むのに格好なポジションにあります。環境をテーマにした国際モデル都市を目指すのがこの町にふさわしい方向ではないでしょうか。
稚魚一匹を育てることの可能性を広げて生きたいと思います。
皆様には、今後ともいっそうのご理解・ご指導・ご協力をよろしくお願いいたします。




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by wakan55 | 2011-05-14 09:11  

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